泥棒・詐欺師犯罪例から考える防犯対策

実際にあった泥棒や詐欺のリアルな手口を犯罪者側の目線で物語風にご紹介。犯罪から身を守る手法を身につける参考にお役立てください。

史上最高の公金横領犯アニータに14億貢いだ男

チリ人妻に億を貢いだ男。青森県住宅供給公社からパクった14億4千万という数字もさることながら、その全額を女と酒につぎこむという家快さには、どこか天晴れな印象さえ覚えるからスゴい。

横領が社内犯罪の王道なら、事件の主役、千田被告(44才)はその道のチャンピオンといえよう。

報道されつくした大事件とはいえ、やはり避けては通れない。新たに取材した事実を加え、再度この男がなぜあれほどダイナミックな犯行に及んだのか検証してみる。

ポストを利用すれば引っ張り放題じゃないか
犯行の舞台となった青森県住宅供給公社には、以前より「内部保留資金」なるプール金が積みたてられていた。それを分配した口座の管理を任されていたのが『経理担当主幹』だった千田である。20代前半からスナックやクラブ遊びにはまり、常に借金で四苦八苦。父が1千万近くを肩代りもしたが焼け石に水。そんな男にあるとき悪魔が嘱ぎかける。

(プール金をちょいと拝借して返済に回しちまったらどれだけラクか…。なーに、少し借りるぐらい問題ないだろ)

千田がこの企みを実行に移したのは93年2月。まずは架空の支出をでっちあげた。

「課長、このあいだの分譲事業と人件費の合計です」

「52万か・わかった。じやあ、いつものように処理しておいてくれ」

「さっそく」

こうして、千田はあつさり大金を引き出し懐に入れる。後は架空の伝票を打ち込んだ帳簿を作るだけだが、それができる立場の人間は他でもない経理主幹の千田本人だった。「公社側のチェックといえば銀行口座残高と帳簿の金額だけという杜撰なものでした。8年も発覚しないわけですよ」

借金はあっという間に完済した。そこで、この男は気づいてしまったのだ。

(今のポストを利用すれば金は引っ張り放題じゃないか。バレたら金を返して仕事を辞めりゃいい)
ちょっと借りるだけ。そう言いながら、この年だけで260万あまりをつまむ千田。青森県警の調べによれば、時には、公社理事長の印鑑を無断で持ち出し、偽造した払戻請求書で金を引き出すこともあったらしい。

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千田は青森市で公務員の父親をもつ双子の弟として生まれる。市内の商業から埼玉の私立大学に進み、卒業後は住宅供給公社の臨時職員として2年間働いた。正式採用は82年、結婚はその翌々年のことだった。順風満帆な人生に陰りがみえ始めたのは結婚3年目のこと。横領の引き金にもなったクラブ遊びが原因で妻から三行半を叩きつけられてしまったのだ。

「28才で一緒になった再婚相手とも結局女が原因でダメになってしまいます。ヤツの場合、こればっかりは死んでも直らないんでしょ」(地元紙記者)

2度目の離婚を言い渡されたのが94年。実は、このときすでに横領犯だった千田の中で大きな心境の変化が起きる。

(どうせ危険を犯して抜くんだったら多い方がいい。100万もー千万も同じだろ)
長い経理畑で帳簿の上でしか見たことのない大金が簡単に手に入る。千田の金銭感覚はあきらかに狂ってきていた。

「千田は当初金を返そうかと迷っていましたが、その年の夏頃、横領額がー千万を超えたあたりで覚悟を決めたようです」(捜査関係者)

そんな身勝手な決意の裏には当然、女の存在がある。相手は青森市内のスナックママ、Aさんだ。

「離婚の寂しさもあったんでしょうね。毎日のようにAさんのところへ通いつめて、現金やプレゼントで総額700万円ほど貢ぎ、店にも1千400万近い金を落としたようです」(全国紙記者)貢ぐという目的を見つけた千田は何かをふっきつたように横領街道を邁進する。95年に2千万もう後戻りはできない。
それほど派手に散財していれば周囲が不審に思ってしかるべき。だが、そこがこの男のしたたかなところで千田は巧みに2つの顔を使い分けていた。公社の元同僚が話す。「口数が少なくて地味な人でしたよ。毎朝マウンテンバイクで出勤して、いつもよれよれのスーツ、センスの良くないネクタイで冴えない役所のオッサンって印象です。でも、一緒に定食屋で昼食をとることはあっても、みんなと飲みに行くことはゼロでしたね」

仕事を終えた千田は、いつもまっすぐ自宅へ向かった。そこでブラントのスーツに着替え、ひいきのハイヤーで夜の街へ出撃する。タクシー会社によると、自分名義のタクシーチケットまで持っており、使用額はひと月で20万に及んだと言う

「いらっしゃいませ」

「お客さん初めて?」

「うん、東京からきてるんだ…」

「へー、何のお仕事?」

「あまり言いたくないんだけど…。外務省なんだよ」

「えー、すごい。エリートさんじゃないーねえねえ、やっぱり東大出てるの?」

「ハハハ、ボクは京大でね・・」

「キャー」こんな調子でホラを吹き、「親の遺産が何億もある」と一晩に数十万をパーッと散財、あちこちのホステスに貢ぎまくる。
時には、青森だけにとどまらず都内の高級クラブにまで遠征しては佐久間実などと偽名を使って飲み歩いていた。昼は地味な公社職員。夜はブランドスーツに身を包んだ遊び人。変身ヒー口ーを紡梯とさせる見事な立ち振る舞いといえよう。
横領もすっかり板に付いてきた97年3月某日、千田は青森市内の「T」というパブで運命の女と出会う。(なんてイイ女だ。まるでハリウッド映画に出ている女優のようじゃないか)他でもない、日本全国民を呆れさせたチリ人妻ことアニータ・アルバラード(当時24才)である。22才のとき2人の子供を残して出稼ぎにきた彼女は温泉コンパニオンとして働いた後、数百万の借金を抱えながらホステスをしていた。彼女の身の上を聞いた千田は翌日、「T」を訪れるなり、ママの前で札束を積み上げる。

「この金でキャンディー(アニータの源氏名)を自由にしてやってくれ。店も今日で辞めさせてもらうよ」

2人を知る飲食店経営者は当時を振り返る。

「千田のアニータへの惚れようはすこかったですね。顔でチリに骨をうずめるなんて言ってましたから」

アニータからすれば、千田は自分の窮地を救ってくれた、白馬の王子様だった。実際、とんとん拍子で交際は進み、2人はチリの教会でめでたく夫婦となる。出会いから4カ月のスピード結婚だった。

(このままチリでひっそり暮らすのもいい。そのためには金だ。金がなくなったらアニータだってそっぽを向いてしまう)こうして、千田はついに億という禁断の領域へと足を踏み入れてしまう。

「アニータと結婚した97年にいきなり横領額が1億8千万にはね上がってます。彼女の感心を得るためには生半可な金じゃダメだったんでしょう。憐れな男ですよ」(捜査関係者)

98年は約3億3200万、99年には約2億5600万、2000年には約4億7千万。現実離れした大金を千田は他人事のように冷静に引き出していた。まるでマシーンのように。これが、発覚まで計184回、14億4千万という前代未聞の横領事件の全貌である。ちなみに、千田がアニータに貢いだ金は、サンディエゴに建てられた2億5千万の豪邸やカリブの熱廷という名のレストランへ化けたことは、皆さんよく御存知のはずだ。
2001年10月、国税局の査察によって事件が明るみになって以降、千田は2カ月間逃亡。12月、東京のアルゼンチン料理屋から出てきたところを、張り込んでいた捜査員にあっけなく逮捕された。史上稀にみる巨額横領犯の最期にしてはあまりにもあっけない幕切れだった。逮捕後、千田はこのように供述したという。

「チクショー、オレは編されたんだ。結婚も一方的に式場に連れていかれてサインさせられただけだ。もうニ度とアニータとは会いたくない」

問題は着服された金を誰がどのように補填するかだ。千田の全財産はブランド衣類やバッグ、時価で2千万程度。常識的に考えて返金は不可能だ。では、アニータが返すかといえば、彼女はあくまで強気にまくしたてる。

「私だって被害者よ。夫から送られた金が横領されたものなんて知らなかったんだもん。捜査には協力するけど、返金なんて冗談じゃないわ。そんな法律があるんなら見せてちょうだい」貢いだ男も男なら、貢がれた女もそれなりの女なのである。