泥棒・詐欺師犯罪例から考える防犯対策

実際にあった泥棒や詐欺のリアルな手口を犯罪者側の目線で物語風にご紹介。犯罪から身を守る手法を身につける参考にお役立てください。

闇バイトの中身は架空口座の開設、トバシ携帯の契約だった

〈自宅でできる簡単な郵便物の転送バイト〉
インターネットの掲示板に、このメッセージを見つけたのは1月のことだ.覚醒剤だ拳銃だのと怪しい一一毎日飛び交うネット社会では、取るに足らない内容だろう。が、
ちょっとした小遣い稼ぎを目論むオレには極めて現実的な話だった。
別に食うに困っているワケじゃなかった。
時給900円のコンビニバイトで暮らし始めてから生活レベルは確かに落ちている。
が、それが苦痛だったワヶじゃない。仕事に慣れたぶん、収入の限界が見え隠れし、毎日続く平凡な生活に飽きがきたのだ。

2〜3万円をラクして稼ぎ、たまに賛沢してもバチは当たるまい。
そんな矢先に見つけたのが前記のメッセージだったのだ。
もちろん、ワケありの文書や小包を扱う可能性も否定できないが、
文面を読む限り、仕事は転送のみと思われる。他人の荷物を右
から左へ流すだけならそう問題はないはずだ。


とりあえず、〈興味を持ったので仕事内容を教えてほしい〉旨の
メールを送ると、翌日さっそく返事が届いた。

〈宛先の住所へ月に1回転送するだけの、とても安全なお仕事です。
封筒一件2千円。ハガキ一件500円の謝礼を差し上げます〉
割がいいのか悪いのか見当もつかない。ここはまず、話を聞くだ
け聞き、それから判断するべきだろう。オレはメールに記されてい
た差出人、アライのケータイに電話をかけてみることにした。
「種田といいますけど。詳しくお聞きしたいんですが…」
「お電話ありがとうございます。
仕事内容はキチンとした会社から
の手紙や封筒を、私の指定する住所に送ってもらうだけですよ」
「月いくらくらいになるんでしょうか?」「1〜2万円ですね」
1,2万とは安い。安すぎる。
が、そのぶんは拳はラクで簡単そうだ。
「ぜひ、やらせてください」
思えば、これが過ちの始まりだった。

1週間後、オレのアパートに初めて郵便物が届いた。送り主はカード会社のクレディセゾン。アライが言ってたとおり、キチンとした会社である。
ふと中身を確認したい誘惑にかられたが、それだけは堅く禁じられている。オレはその郵便物を別センチ大の茶封筒に詰め、アライに指定された住所へ転送した。
4日後、2通目の封筒が届く。
今度もクレディセゾンからだ。さらに、その3日後のハガキもクレ
ディセゾン。結局、1カ月の間に封筒7通、ハガキ2通の9通
が郵送されてきたがすべてクレディセゾンからだった。


何か変だなと思ったが、オレの関知することじゃない。そんなこ
とより計1万5千円の転送代がちやんと振り込まれるかどうかの方
が重要だ。が、アライの言葉にウソはなかった。経費を上乗せした
1万7千円が振り込まれていたのである。


2ヵ月目も順調に郵便物は届き、別通前後で約2万円の収入。こりやラクでいいバイトだと思っていたある日、アライから1通のメールが届いた。
〈口座を開設するお手伝いをしませんか?〉
口座を開設?何のことかまるで理解できない。
〈具体的にはどんなお仕事なんでしょうか〉
〈私が指定する銀行で、ある名義人の名前を使い、架空口座を作ってもらいたいんです。1件2千円ですが、いかがでしょうか〉
恥ずかしながらこのときオレは、架空口座の存在すら知らなかった。
が、それが少なからず犯罪にからんでいることは想像できた。
アライが何を企んでいるか知らないが、法に触れるのはイヤだ。転送サービスで月に1〜2万もらえば御の字である。
〈おそらく犯罪でしょうから、怖くてできません。ただ、ヤリ方を聞き、安全だと思えたら考えます〉
丁重にお断りしたつもりである。
しかし、アライはそう取らなかっ
たようだ。それからすぐ、オレの元へ電話がかかってきたのである。
「種田さんですか?例のバイト
の件なんですが、ご了承をいただ
けないと方法まで教えられないん
です。ですから、もしソノ気にな
ったらご連絡ください」
「……ハイ」

意外なまでに冷淡なアライ。強
烈なプレッシャーや脅し文句を浴
びせられるかと思っていたオレは拍子抜けした。

ロ座の開設バイトは転送サービスよりずっと実入りがいいん
です。だからソコソコ希望者もお
りまして。一口座につき報酬は2
千円ですが、1つの銀行で家族5
人分を作って回れば1日万円稼ぐことも可能ですよ」


正直言って心が揺れた。ヤバイ話だとわかっちゃいるが、アライの話ではこれまで何十人と依頼して、一件の失敗もないという。もちろん警察ざたになったことなど一度もないらしい。よし、それなら。オレの心は決まった。
「先ほどのお話、やっぱりやらせてください、お願いします」
「そうですか。コチラも助かります。明日は?」
「朝から昼までバイトですが…」

翌日、バイト先から走って帰宅、郵便受けを開けると、大きめの茶封筒がひとつ入っていた。中には保険証2枚、印鑑2本、それとA4サイズのマニュアルが。保険証には「被保険者吉村浩二(仮名)」と記されている。誰だコイッ?
『ブブブブブ〜」
ちょうどそのとき、ケータイの
着信を知らせるパイプが鳴った。
「マニュアルは確認されましたか?種田さんは吉村浩二になりすまして、口座を作ってください。」
アライは銀行名を挙げた。偽の保険証を使って、ここに架空口座を作るらしい。
「1日頑張ればン十万になりますよ!」
「はい、がんばります」
オレはすっかり金に目がくらんでいた。
最初は山手線某駅前の銀行だった。守衛のオッサンに案内
されながら、通帳の新規開設申し
込み用紙に記入。ポロを出さない
よう、保険証の内容は完壁に記憶してある。
ひととおり記入を終え、窓口へ
提出する。と、予想もしない返事
が一戻ってきた。
「吉村様、申し訳ありません。2月から規定が変わりまして、ご家族の口座をまとめて開設できないんですよ」
「えつ」
急激に心臓の鼓動が音を立て始めた。ヤバイ。どうすりやいいんだ。
「じゃっ、じゃあ、とりあえずオレの分だけ作ってくれるかな」
「かしこまりました」
おそらく、そのときオレの顔はひきつりまくっていたに違いない。くそ-、なんでこうなるんだ。話が違うじゃないか。
不安な気持ちを抱えたまま銀行へ。同様の手続きを踏み、新規開設を申し出る。しかし、ここもまた本人しか口座は作れないという。それが規則だと言われればどうすることもできない。
オレはすっかりメゲてしまい、アライに泣きの電話を入れた。
「本人名義のものしか作れないんですけど。リスクのわりに報酬が安すぎるんで、やめさせてくれませんか」
「そうですか。わかりました。ただ、シティバンクだけは急いでまして、ソコだけお願いできないでしょうか。料金は2倍出します」
「。。・・・・」
断る勇気がないのと、「料金2倍」にひかれ、オレは言われた通りに口座を1つだけ開設、結果1万の収入を得た。
もう、こんな仕事はやめよう。
危険を冒してまで実行するような金額じゃない。オレはその旨をア
ライに伝え、今後は再び転送サービスのみを続けることにした。

それから3カ月後の6月中旬、今度はトバシ携帯を契約してくれないか、という偽が無い込んだ。
しかも、今度のギャラも器エロ
座と同じく、たったの2千円だという。アライはそれを
1台4万5千円で売るらしいが、
そんな虫のいい話に誰が乗るもんか。
「ウチで作るトバシは3ヵ月もちますから他よりぜんぜん質がいいですよ。で、それ以上の契約は種田さんの自由にしてもらって結構ですから」
後は自由?って、それはつま
り、オレが〃トバシ〃を売って、ひと儲甚んでも構わないってことか。アライの話が本当ならば、2〜3日で台はゲット可能。ならば、台が丸ごとオレの分は別になるというワケだ。
う-む。このまま転送だけ続けても月の儲けは1〜2万。たかが知れている。それに対し、目の前のチャンスを活かせば一気に万単位の稼ぎ…。
「あのっ、…じゃあやります」
「そうおっしゃってくれると思ってましたよ」
3日後、茶封筒が届いた。中身はマニュアル-枚とクレディセゾンのカード2枚。説明によると、「クレジットカードがあれば身分証明書なしでも携帯電話の契約が簡単にできる」らしい。
本当か。
架空口座の二の舞を避けるため、あらかじめ某大型量販店に確認を取ってみると、二つ返事で答が返ってきた。
「はい。カードをご持参いただければ結構です」
さっそく、先の店舗に足を運び、値段の安い端末で次々にトバシ樵帯を作る。1度に4台まで契約が可能な上に、誕生日を少しズラせぱ何度でも新しいケータイをゲットできた。
こうしてオレが2日間で作ったトバシは合計20台。10台をアライの指定先へ送り、残り10台が手元に残った。純利益は今のところ2万円だが、このトバシを売ればどれだけ儲けられるんだろう。正直オレは笑いが止まらなかった。
が、結局、〃トバシ〃が大金に化けることはなかった。販売ノウハウもないし何より面倒臭い。いや、それよりいざ冷静になってみると、いかに自分が危ない橋を渡っているか、心底、恐くなったのだ。
その後数回、アライから仕事の打診があったものの、オレは郵便転送以外はすべて断った。いくら頼まれても、もうヤル気にはなれない。
結局、転送バイトだけは今年1月まで続き、突如アライからの連絡が不通になったと同時に終わりを告げる。これでやっとヤバイ世界からオサラバできたのだ。
しかし…。

今年5月中旬のことだった。酒を飲んで、深夜3時頃眠りについた翌朝7時半、突然、玄関のベルが鳴った。
(誰だよ、こんな朝早くから)トビラを開けると、眼光の鋭い人間たちが数人立っている。いったい何事だろうか。
「署のものですが」
……一瞬、言葉を失う。と、同時に彼らが土足で中に入り込んできた。
「ホラ、これが裁判所の差し押さえ命令書だ。お前、郵便物のバイトしてるだろ?その件でちょっと聞かしてもらうから、任意同行な。早くしろ!」
部屋は無残に荒らされ、あらゆる物が没収された。だが、証拠になるものはすでに捨てている。まさかバクられることはなかろう。
パトカーに乗せられ、署の取調室まで連れて行かれても、オレはタカをくくっていた。
「わかってんだろ、全部吐け」
「何もしてません」
「…ふ〜ん」
5分後、身長190センチ、見た目は安岡力也というコワモテの男が部屋へ入ってきた。とても警官には見えない。
「オラ、吐けや」
「郵便物を転送しただけです」
「ナメんなよ、コラー!」

襟元を掴まれ、顔を机に叩きつけられる。おい、マジか。助けてくれ!
「おまえアホか。すでに永井(仮名)が全部、しゃべってんだぞ」
「ナガイ?誰ツスか」
「さては、本名も知らされてねえんだな。アライだよアライー.」
もうダメだ。オレはとりあえず、トバシの件は伏せ、郵便転送と架空口座開設について説明を始めた。
「なるほどね。ちょっと待ってろ」
間もなく別の刑事が現れた。
「これを見ろ」
刑事が差し出したものは銀行周辺の地図。そして、逮捕状だった。罪状は架空口座開設に対する有印私文書偽造、同行使の容疑である。オレはその場で腰縄と手錠をかけられた。
「哩時○分、種田を逮捕する。ちなみに、お前、身柄付き書類送検になるか、ただの書類送検かは、まだ決まってないから」
今年6月中旬、オレに懲役1年6カ月、執行猶予3年の判決が下った。
刑事によると、アライは一連の非合法商売で億単位の金を稼ぎ出したという。
手口はこうだ。まず奴はネット上の他のサイトから白紙の保険証を手に入れ、電話秘書の住所で本物ソックリに偽造。次に架空口座とクレジットカードを作り、同時にトバシケータイを販売していたらしい。
話を聞いていてどうしても許せなかったのは、オレが都合よく使われ執行猶予の一文ナシに対し、アライの手元には億単位の金が残り、しかもそれが奴の財産になるかもしれない、ということだ。
アライは未だ公判中の身だが、実刑を喰らうのは間違いないだろう。
しかし、それでもヤシは、刑期終了後、被害届が提出されない限り、億単位の金を法的になんの問題なく受け取れるのだ。
違法行為で稼いだ金を合法的に受け取れるなんて、そんなバカなことがあっていいのだろうか。が、どうせ捕まるなら、そっちの方がよっぽどいい。そう感じるのはオレだけじゃないはずだ。