「オレ、ガキのころ、ムチャクチャ貧乏やったんスよ。親父は口クロク仕事もせえへんし、家もオンボ口市営住宅で、小遣いなんかー日10円。けど、駄菓子は食いたいしオモチャも欲しい。当然、万引きに走りますやん(笑)」
パー力ー風のジャケットに身を包み、人なつっこく笑うその姿は、"ひったくり"を生業とする男には到底見えない。
「それがだんだんエスカレートしていって、小学校の後半ぐらいになると、ラジコンとかビデオデッキなんかも盗むようになったんですわ。箱を抱えて堂々と店を出れば全然バレへんの。世の中、ホンマ甘いですわ」
高校中退後、フアーストフートで働きだしたものの、車(暴走族に入っていた)や女に金をつぎ込めば、少ないバイト代で足りるはずがない。そこで思いついたのが、バイクを使った、ひったくりだった。
「いや、前から、自転車のカゴに力バン入れとるヤツならラクショーちゃうか思とったんですけどね。相手がバイクじゃ追っかけても来れへんやろし。けど、なんやドキトキしてようやれんかって」
が、8月の昼下かり、ついにその日が訪れる。
「今日やったるー」と原付で家を飛び出したのだ。「10分ぐらい走ったかな、住宅街の幅3メートルぐらいの路地まできたとき、自転車の力ゴに力バン入れた50才ぐらいのオバハン見つけて。後ろからゆっくり近づいて、左手で力バンをパッと盗った瞬間、右手でアクセル全開。『ドロボー』って叫び声が聞こえたときは50メートル先を力ッ飛んでましたわ」
それから3分ほど走って人気の無い裏通りにバイクを駐車。サイフの中を確認すると、3万7千円が入っていた。道路の左を歩く女はすべて力モこれに味をしめた竹田は、以降、毎日のように犯行に及ぶ。
「まず家を出る前に、、さあ、仕事行くでえー」
って大声で叫ぶんですわ。ま、おまじないみたいなもんやけど、やっばひったくりは気合いが大切やからね」むやみやたらに犯るわけじゃない。
「当たり前やけど、派手な服は絶対あかん。相手に記憶されるからね。例えば、夏はTシャツ、冬ならトレーナー、色も黒か白かベストやな」
ヘルメットは顔の隠れるフルフェイスタイプ、手にも指紋が残らぬよう軍手を着用。普通の軍手の上からイボイボつきのタイプのものを二重にはめる。怖いのは相手に原付のナンバーを覚えられることだが、これはあらかじめナンバープレートをはずしておく。当時の関西地区には、ナンバープレートの不装着を取り締まる条例が無かったのだ。「ポリに呼び止められても、『ちゃんと付けとけや』ああ、そのうち」
でおしましい。実際、暴走族の仲間も誰もつけとらへんかったし狙いは女性だけに絞った。男はサイフをボケットに入れるが、女は力バンの中に仕舞う、というのがその理由らしい。女ならば自転車でも徒歩でも構わない。
「肝心なんは、獲物が道路の左側におるかどうか。単純な話、アクセルは右手でふかすから、左手やないとひったくれへんでしょ。左にカモがいたら『あいつイケるやん、ラッキー』みたいな」
何とも軽いもの言いだが、ひったくりにも"テクニック"が必要だといつことはよくわかる。
「もう1つ、大通りの近くかどうかも大事やね。裏通りだとどうしても逃げるのに時間がかかるやろ。大通りを7、80キ口で力ッ飛ばせば2、3分で3、4キ口先まで行けますやん」
安全な場所まで来れば、現金だけを抜き取り、その場に力バンを捨てる。家に持ち帰るなんてバ力な真似はしない。うっかり警察に踏み込まれようものならそれこそ命取りだ。
「75万でっせ、75万。メチャおいしいですやん」
半年後、彼はひったくりで貯めた金でー人暮らしを始める。そしてしばらくそのアパートかり半径10キ口以内で犯行を繰り返した後、しだいに20キロ30キ口と犯行の範囲を拡げていく。
「やっぱ一度やると警戒されよるからね。最低ー力月は同じ場所ででけへん。だからどうしてもそうなってしまうんやわ」
一方で、カートマンのアルバイトにも就いた。一つのビルではなく、警報が鳴った場所に車で駆けつける、センサー付きのガートマンだ。
「ひったくりがガートマンなんて冗談みたいな話やけど、これが実に都合のええバイトでね。車で流しながら、人通りが多いか少ないか、幹線道路は近くにあるか、裏通りは入り組んでないかって下調べできるんですわ。で、『あ、この街イケるな』って踏んだらやればええと」
バイクも原付から125ccに乗り換えた。もちろんひったくった金で買ったものだ。
「排気量が違うとスピートが全然ちゃいますからね。125だと100キ口は出るから5分で8キ口先まで行ける。つまり5分で管轄を越えられるんですわ。管轄さえ超えれば捕まることもあらへんし」
さらに彼は、女性だけなく、男性をもターゲットに含める。試しにサラリーマンのオヤジの力バンをひったくったところ、思わぬ大金が転がり込んできたのがきっかけだった。「75万でっせ、75万。メチャおいしいですやん。けどそれより当たりだったんは、事務員の女をやったときやな。ソイツ、350万円
も持っとったんですわ。要するに、会社の金を運ぶ途中の人間を襲えば実入りもTカイ、と」他にも、銀行で金を下ろしたばかりの者を狙うなど、次から次へとアイデアが浮かぶ。気が付けば、月収は100万を超えていた。
面通しした被害者が「あの人じゃありません」
最初は手探り状態でひったくり、場数を踏むことで女性からオヤジ、事務員、銀行前とターゲットを絞り込む。まさに絵に書いたような成長ぶりだ。
「あえて難しいターゲットにも挑戦しましたわ。チャリのハンドルにカバンかけとる警戒心の強いヤツ狙ろたり。オバハンが前と後ろのカゴに力バン入れとったら両方いっぺんにサッと取ったりね」
「そんなことできるの?」「あたり前ですやん」
突然、アクセルをふかしながら左手で力バンを取る真似をし始め躍る竹田。確かに素早い。目つきも獲物を狙う虎のようだ。言うだけのことはある。
「失敗でっか。せやな。銀行員をやったときかな。口クロク金も入ってへんし、カバンに発信器みたいなもんまで取り付けられとって。それかりはよう狙わへんね」
保険外交員も避けた方がいいと彼は言う。何でも客の書類が金に紛れ込んでいるため、カバンの中身を全てチェックしなければならないのだそうだ。一刻を争う逃走時にこの口スは致命的らしい。
「××のあたりで30ぐらいのオッサンの力バンをひったくったときはオモ口かったね。何個も財布が入っとって、どれも免許証が違とるんですわ。アイツ、スリやったんちゃうかな」
「アブない目に遭ったことはないの」
「ありますよ。最初は始めて半年目やったかな。たぶん油断もあったんやろね。族の名前入りのシールを貼ったままひったくったら、それを見られてしもたんですわ」
竹田はバイクの車輪力バーを二つ持っている。一つは、ひったくり用の無地のもの。もうーつが暴走用のシールを貼ったもの。普通ならひったくり用に付け替えるところを、偶然獲物を見付けたため、そのヒマがなかったらしい。
「で、その2、3日後に住宅街走っとったときパトに止められて。『ヤッべー』思ったら、案の定、『そのシール貼ったヤツが最近ひったくりやっとるんや。ちょっと署まで来てくれるか』と」
取り調べでは知らぬ存ぜぬを決め込んだものの、そこは腐っても警察、すでに彼の身辺は調べ尽くされていた。ウチのメンバーの名前かり住所まで全部アガっとってね。さすがにもうアカン思いましたわが、ここかりが竹田の運の良いところ。
なぜか警察は仲間のー人(彼と同じ原付に乗っていた)を疑い始め、揚げ句の果ては、被害者との面通しでも、「あの人じゃありません」との答が返ってきたのだ。
「いやあ、笑ろた笑ろた。ホンマ、ラッキーでしたわ」
帰った後、ノーヘルでコンビニへ。そこで彼はパトカーに遭遇してしまう。
「『ヤべー』ってuターンしたらまたパト力ー。別の道に入ってもまたパト力ー。もう完壁に包囲されとるんですわ。ま、地元やしどうにかなるやろって逃げとったら、そのうち空にヘリまで飛び始めて。ホンマ、ハリウッド映画かと思いましたわ」
ところが、勝手知ったる地元で竹田は思わぬ不覚を取る。なんと、行き止まりに突き当たってしまったのだ。彼は迷わずバイクを捨て逃走した。
「けど、途中でにげた方がかえってマズイんちゃうか」
思たんですわ。バイク調べて家に来られたら、メットやら何やら証拠品がゴ口。コ口出てきよりますからね。考えてみりゃ服もひったくった時と違うんやし。ならいっそのこと素直に捕まっといたれと狭い路地に
警察の「確保」の声が響き渡った。「『なんで逃げた?』聞かれたんで、
「ジャンプ買いに行っただけですわ。ノーヘルやったからヤバイ思って。ま、実際、そのとおりやったんですけどね(笑)」
しかし、ここでもまた彼の元にラッキーが舞い降りる。取り調べで顔見知りの刑事が、「オマエはそんなことしそうもないしな」とかばってくれた上、面通しした被害者かり、「違います」の一言が発せられたのだ。もはやこうなると“運“だけが味方とは言い難い。
「オレ、よく女に雇しそうとか『いい人そう』って言われるんですわ。きっとそれが幸いしたんちゃうか」
そう笑う竹田の顔には、確かにどこか憎めない雰囲気が漂っている。もしかすると彼の武器はこの善人ツラなのかもしれない。
「もちろん自衛手段も考えましたわ。オレ、白バイが走る道をわかっとったんで、その近くでは絶対にやらんかったし。さすがに連中かりは逃げ切れんでしょ」仲間うちにも、「ひったくり」のことは一言も漏らさなかった。実際、人に話したのは今日が初めてだという。
「住むところも『5万円以下のアパート』って決めとって。だってガードマンのバイトで10万円の家賃やったらヘンですやんか。今まで10回以上引っ越したけど全部ボロアパートですわ」
財布は常に2つ持ち歩く。友達の前では力ラ財布、ー人のときは万札でパンバンにふくれ上がった財布を使う。敵を欺くならまず味方からというわけか。
「金のナンバーからアシが付かへんかって。いや、ひったくった金は2、3日後にゲーセンで千円札に両替して、それを銀行で万券に替えとりましたから。どんだけ使ても安心なんですわ」
使い切れない金は貯金に回すが、人に怪しまれないよう残高は0。0のー歩手前で止めておく。
「一応、六法全書にも目を通しましたわ。まあ、誰でも知っとることやけど、この国は疑わしきは罰せずが基本でっしゃろ。だから証拠だけは残さんよう徹底的に注意しとりました」
結果として、逮捕を免れたことを考えれば、その自衛手段は正解だったと言えるのだろう。
世間が「不景気不景気」と騒ぎ始めたころ、"ひったくりライフ"の風向きが変わる。財布の中身が目に見えて減ってきたのだ。
「それまで2、3万円は入っとったんやけど、1、2万円ぐらいになってしもて。ホンマ、ひったくりぐらい景気に左右されるシノギもないんちゃうかな。ま、それも数を増やせばいいだけのことなんやけどね」
ひったくりの回数をー日2回、3回と増やす一方、単価を上けることにも頭を振り絞った。金庫に売上金を預けにいく商店街のおっちゃんを狙い始めたんですわ。夜、商店街をウロチョ口して、ポーチ抱えたオヤジからひったくる。
「ー回で10万20万にはなったかな」ところが、またもや困った問題が起きる。自治体の条例か改正され、ナンバープレートの着用が義務つけられたのだ。
「一瞬どうしようか思うたけど、すぐに解決策が見つかりましたわ。ガムテープをナンバーの上に貼って、ひったくった後に剥がせばええやんて。コンビニとか公園のゴミ箱にテープを捨てときゃ証拠も残らんし」
時間帯も安全な夜だけに限定。何でも、夜は白バイが走らないことがわかってきたらしい。こうした努力にもかかわらず収入はどんどん尻窄みになってい
「近所の住民がひったくり対策をするようになりましてん。やりすぎたっちゆうわけですわ」
聞けば、自転車のカゴに網をかける人間が増え、そっでない者も、背後からバイクの音が近づくや、道路の中央側に降りてしまうようになったらしい。
これやられると自転車とバイクの間に人の身体が入ってまうでしょ。それでも、細々ながらひったくりを続けるうち、彼の人生に大きな転機が訪れた。結婚である。
「いつまでもこんなことやっててもしゃあないんちゃうかって。家賃5万のアパートに住んだり、車も200万円くらいで我慢すんのも不満でね。、黒い金じゃなくて、白いカネ“を堂々と使いたい思っようになったんですわ」
悩んだ末、彼は自営業で生計を立てることを決意、5年半にも及ぶひったくり生活に終止符を打った。23才の誕生日のことである
★取材後、筆者は、「ひったくりやすい人間を教えてもらえないか」と頼んでみた。
ここまできて話だけで帰るのも惜しい。
「ええですよ。ほんだら、ちょっと行ってみます」
20分ほど街を回り、幅5メートルほどの道を発見。なるほど、こここなら目撃者も少ないし、犯行後もすぐ大通りに出られる。
「ホラ、あれ。道路の左側を走ってますやん。絶好のカモですわ」
見れば、50才ぐらいのオバチャりンが、自転車のカゴにカバンを入れ、ノロノロ走っている。彼女の『背後から近つき、サッと盗ってしいまうわけか。
「あの女も簡単やね。手提げカバンを腕にかけとるでしょ。横からスッとやれば簡単に抜けますわ」
今度は徒歩の若いOLだ。前のオバチャンより難しそうだが、彼の腕なら可能なのだう「アイツはカバンの把手を強く握ってへんやないですか。取ってくれ言うとるみたいなもんゃ。」
わずか4、5秒で次々に見付けてくる竹田。この男には、道行く人間全てが力モに見えているのかもしれない。
※この記事は防犯、防衛のための知識としてお読みください。実行されると罰せられるものもあります。