泥棒・詐欺師犯罪例から考える防犯対策

実際にあった泥棒や詐欺のリアルな手口を犯罪者側の目線で物語風にご紹介。犯罪から身を守る手法を身につける参考にお役立てください。

競馬に八百長はある?シークレットルートの高額馬券情報を買ったら的中したか?

そのブツが編集部に送られてきたのは、先月のことだった。

開封してみると、中にはB5サイズの用紙にワープロ印刷された手紙が4枚。

「編集部で試してください」というメモが添えられている。
自分じゃヤレない←だけど興味がある←そっちで実験してくれ。
この手の依頼は編集部によく届く

果たして、今回送られてきたのもその類だった。簡単にいえば、
5月に中京競馬場で行われる
「フィリピントロフィー」なるレースに関し超シークレット情報が
あるので、それを買わないかという内容である。売り値は5万。

なんとも、大きく出たもんだ。
こうした競馬に関する闇情報は昔からあった。来週行われる中山の8レースは厩舎とジョッキーが組んで八百長が行われるだの、阪神のメインはJRAが特定の人物や団体に勝たせるために出来レースを仕組むだの、いかにもな話をでっち上げ、DMを送った客に数万円でその情報を売りつけるのがよくあるパターンだ。

これ、言わずもがな、すべてダ
マシである。常識で考えれば出来
レースを仕組むことなど有り得る
話じゃないし、仮にそういう企み
があったとしても、特定の馬を1
着、2着にさせるのは絶対に不可
能だ。


それに、ここがいちばん重要な
のだが、もしその話が本当なら、
なぜ他人に教える必要があるのか。
自分で馬券を買えばポロ儲けでき
るはずである。

できないから、他人に教え金をダマし取ろうとするのだ。

過去多数の被害を生んだ出張ホスト詐欺しかり、あまりにオイシイ話に裏があるのは世の常識である。
と、まあ冷静になればそれがイ
カサマであることは十分にわかる
のだが、現実にはこの手の話に乗
つかってしまう人も少なくない。


実際、オレは1年ほど前に、こう
したデマ情報を流し数百万をパク
った人物に取材したことがあるの
だが、その男が自慢気に見せてく
れた通帳には、客が振り込んだ金
が何ページにもわたって記録されていたから驚きである。


だからオレは、いくら負けが込
んでいようとも、こうした話には
乗らない。スポーツ新聞や夕刊紙
に、「先週も的中!」とデカデカ
と広告を載せる予想会社に心ひか
れることはあるが、実際に入会し
ようとは思わない。


よって今回、読者から寄せられ
たこの情報に関しても、試す価値なしとして放っておくつもりだった。

最初からダマシとわかっているものに手を出すほどバカではないのである。
しかし、それでもとりあえず読むだけは読んでみようと目を通す
と、これがなんとも実によくできている話なのだ。

まず、この手紙を出した人物は
サクライタカノリを名乗る男性。サクライはタクシーの運転手などを経て、
「アジア、特にフィリピンの留学
生支援などを中心に公的な名目を
掲げ、莫大な富を築いている某大
物権力者X」の専属の運転手とな
り、以後現在に至るまで勤務して
いるらしい。


今年4月サクライは彼が管理するXの車に「競馬に
関連する、ある暗号めいた書類」
が置き忘れられているのを発見する。最初は何のことかわからなか
ったが、間もなくそれが「Xが決
まって毎年5月にとる奇妙な行
動」と深い関係にあるものだと気づく。

Xの奇妙な行動とは、馬主でも
なければ、ふだん馬券も購入しな
いXが、毎年5月中旬だけ中京競
馬場に来賓として呼ばれ、必ず
「フィリピントロフィー」という
名前のレースの馬券を疏入、毎回
確実に的中させ数千万円の払い戻
しを受けるというものだ。馬券を
買うのも払い戻しを受けるのもサクライの役割である。


前記したように、Xとフィリピ
ンは濃密な関係で結ばれている。
しかも、フィリピンの次期大統領
候補は日本界と親密な人物で、Xとも懇親の関係にある。


このことと、「暗号めいた書類」
から推測するに、フィリピントロ
フィーは意図的な競争としか思え
ない。でなければ、Xが高額
の払い戻しを受けるのは不可能だ。
おそらく、今回見つけた書類に
今年の同レースの秘密情報が隠さ
れているに違いない。


情報を入手したサクライとして
は、できることならこんな手紙を
送ることなく、借金してでも自分
で馬券を購入したい。

が、実際の買い目がわかるのは、Xの小間使いとして馬券を購入するときが初めて。その際には必ず監視の目が光っており、変な行動を取れば命も落としかねない。
そこで、この情報を売ることを考え、業者から競馬に興味を持つ
300人の名簿を自費で購入、手紙を出した。

売値は50万円。サクライとしては30人に売り、1500万円を集めたい。それだけあれ
ば、Xの元を離れても自分1人でやっていける。ただ、いきなりこんな話を信用してくれといっても難しいことはわかる。そこで、代金は的中を確認した後の支払いでいい。しかし、自分の保険として5万円だけは先に振り込んでほしい
サクライの手紙の内容を要約すると、だいたいこのようになる。

荒唐無稽なヨタ話と片づけてしまうのは簡単だ。が、それにして
はよくできたストーリーだと思わないか。
フィリピン留学生を支援する大
物Xとフィリピン国の親交を悲昌界
に、フィリピントロフィーで行わ
れる八百長レースの情報がXにもたらせる。

その秘密を知った彼のお抱え運転手サクライが、資金集
めのためにその情報を売り出た。
なかなかスケールはでかいし、
サクライがなぜ馬券を買わないか
という理由もきちんと説明されている。
しかも、手紙にはサクライがX
から社宅としてあてがわれている
という「アジア交流センター」な
る建物の写真や、入金データを示
す預金通帳のコピーまで掲載する
念の入れようである。
けど、まあダマシなんだろな。


50万円という法外な料金を提示し
高すぎると思わせた後で、支払い
は的中してからでOKと良心的な
ところを見せ、ただし裏切られる
のが恐いから先に保険として5万
円を振り込んでくれと、さも自分
が譲歩したように話を展開させるやり方。

これって、最初から1人につき5万をダマし取る計画です
よ、と言ってるようなもんだね。
やっぱり無視するか、と思いつつとりあえず参加手続きの手順を読んでみると、情報購入希望者は、5月(火)までに受付専用電話まで連絡がほしいと番号が記されていた。ここで質問等を受け付けるらしい。

それなら聞くだけ聞いてみるの
もいいかと、押しかけたところで気がついた。今日は四日。
受付、もう終わってるじゃないか。
しかし、何となく気になり、ダメ元で電話をかけてみる。と、そこからは、テープに録音された男の声で、次のようなメッセージが聞こえてきた。

「私は今、後悔しています。競馬
のことをほとんど知らない私が予
想会社のマネのようなことをして
も、しょせん皆さんの賛同など得られなかったのです。
目標の別人にはほど遠く、やは
り私の胸の中にだけしまっておい
た方がよかったのかもしれません。
しかし、目標は到達できなくと
も、手紙を差し上げた以上、取り
ヤメにする気などございません。

私の話を信用してくださった方、
5月X日の午後3時までに、銀行に5万円をお振り込みください。

そして、その日の午後5時〜8時の間に同じ番号へお電話ください。

そこで情報を公開する
番号をお知らせいたします」


声の感じからして、男は20代後半から30代前半。

低めのトーンながら、話しぶりは誠実だ。

こいつがサクライタカノリなのか。別に迷う必要はなかった。

どんなにもっともらしい理由を付けよ
うとも、この手の話はインチキに
決まっているのだ。乗るに価する
ものはどこにもない。ちゃんとわ
かってるつもりだった。


しかし、人間というものは弱い
もので、いやオレという男は実に
甘い人間で、99%ウソとわかって
も残り1%に夢を見たいと思って
しまうから困りもの。もし本当だ
ったらどうするんだい。オマエは
それを逃してもいいのか。どうな
んだ、そこんとこ

そんな声が聞こえてきちゃったりするのだ。
あまりに客観的判断力に欠けすぎるというご指
摘もあろうが、これぐらいのチャレ
ンジ精神、いつでも発揮したるわい!ってなもんである。


と、開き直ってみたものの、内
心は不安だらけである。この話が
本当かどうかという犬問題はさて
おき、まず金を振り込んだはいい
が、そのままナシのつぶてになり
はしないかという点が最も心配だ。
買い目も教えてもらえず、ただ金
だけダマし取られましたでは、さ
すがに格好が付かない。


あと、サクライから買い目を入
手したとして、それがどれぐらい
のオッズなのかも大いに気になる
ところだ。手紙には買い目は1点
か2点の予定とあるが、それが5
倍、6倍の馬券だったらシャレに
ならん。なんせ5万円も出して情
報を買うのだ。オッズは少なくと
も加倍はほしいところだろう。


本来なら、この辺りの疑問、不
安をサクライに直接確認したいと
ころだが、質問受付タイムはすで
に終了。その後、何度かかけてみ
たが前記したテープが流れるのみ
である。


う-む、どうしようか。これだ
けの材料で5万円を払うのは、や
はりリスキーすぎるか。ヤメてお
くのが正解か。


でも、悩んでみたところで、結
局のところ払ってしまうんですね
オイラの場合。

ただし、念のため
振り込み人の名義は「タナカタダシ」と偽名を。
サクライとて、こんなきわどい
商売をやろうとしているのだ。振
り込み先は架空ロ座だろうし、
連絡用の電話からも身元が割れな
いよう策を施しているに違いない。
ならば、こちらだって正直に身元
を明かす必要はないだろう。


が、本当のところをいえば、こ
ちらの身元を隠せば、的中した場
合の残金45万円を払わずともバレ
ないと考えたのだ。オレの想像で
は、サクライの狙いは5万円のみ。
残金45万は、もし当たった場合、
どこかのバカが正直に振り込んで
きたらラッキーぐらいにしか考え
ていないに違いない。

金を振り込んだのが5月X日午後1時。

このまま連絡が取れなか
ったらどうしようという不安を抱
いたまま4時間をやり過ごし、5
時きつかりに電話を入れた。と、
「ツーッー」と話中音が聞こえて
くる。誰か別の〃客″がサクライ
と話しているのか。いずれにせよ、
最悪のパターンは逃れられそうだ。
何度かダイヤルし、ようやくつ
ながる。
「もしもし」
「サクライさん?」
「はい。お名前と電話番号おっし
ゃってください」
「タナカタダシ。090の…」
「あ-はいはい。入金は確認でき
てます」
電話に出た男は、テープの声と
同じ人物。口調もしごく丁寧だ。
サクライはまず買い目を公開す
る電話番号を告げ、昼前後に教えるから連絡してほしい
と言った後、買い目の伝え方に気
をつけてくれと切り出してきた。


「例えば、買い目が3ー12だった
ら、普通は〃さんじゅうに″って
言うところを、並びの数字に直し
て〃さんびゃくじゅうに″って伝
えますから」
「一応だと?」
「それはせんさんぴゃくじゅうごってことになりますね」
サクライによれば、モロにわかる教え方だと誰かにバレるかもし
れないと言うが、どうにも芝居がかっており、かえってウサン臭い。
が、まあ買い目がわかればどんな
言い方でもいいだろう。
「で、ちょっと聞きたいんだけど、これは間違いない話なんだよね」
「と、言いますと?」
「いや、だから必ず的中するんだよね。」

「で、当日の昼にかけたら間違いな
く電話には出てくれるんだよね」
「……あたりまえだろ」
「ん?」
「あたりまえだって言ってんだる-が」
サクライの言葉づかいが豹変し
た。その口調は、まさにキレた
と言うにふさわしい。しつこいオ
レが相当アタマに来たのか。

しかし、ここでオレは今さらな
がらに確信してしまった。やっぱ
り、この話はすべてダマシだった
のだ。金を払う前ならどんなにク
ドイ質問にも答えていたはずなの
に、いったん金を手にしたら演技
するのがバカらしくなったのだろ
う。でなければ、あんなに豹変す
るハズがない。

サクライが軸に指名した週のタ
ガノサイレンスは、1600万の
特別戦を2回連続2着した後、前
走G3で6位になった、出走メン
バーの中では抜けた実力馬である。
おそらく1番人気に違いない。
ヒモの3も印の多さから見てもわかるとおり、なかなかの人気である。


サクライの指示した買い目が、
何の根拠もないことは、先の電話の一件で確信していた。が、この
買い目は悪くない。波乱にならな
ければ、十分取れそうだ。サクラ
イとしても、せめて的中の可能性
のある買い目を出したということ
だろうか。
オレは、この2点に1万円ずつ
を投資することを決め、渋谷のウ
インズで馬券を買った。頼む、来
てくれ。来てくれたら何でもいい。
サクライの話は本当だったと誌面
で官辰してやろう。とにかく重要
なのは的中することだ。
しかし、やはりというべきか、
馬券は見事に外れた。サクライが
軸にしたタガノサイレンスは1着に来たものの、3は13着、16は8着と惨敗。2位には7のエプソムシアターが飛び込み、配当は4370円という結果に終わった。
ふ-ん。
オレはレースが終わった後、す
ぐにサクライに電話をかけた。が、
受付用の番号は呼び出し音が鳴る
だけ、情報公開用は未だに『さん
ぴゃくじゅうさん…』とテープが
流れていた。ちなみに、この2本
の電話は、3日後には「あなたの
おかけになった電話番号は現在使
われておりません』に変わる。