泥棒・詐欺師犯罪例から考える防犯対策

実際にあった泥棒や詐欺のリアルな手口を犯罪者側の目線で物語風にご紹介。犯罪から身を守る手法を身につける参考にお役立てください。

架空業務の発注・製作費の水増し請求、広告代理店の横領

広告代理店。と聞けば、皆さんは、CMを企画
立案する制作部門やスポンサーとの折衝役=営業セクションをイメージするに違
いない。

確かに、それは代理店の重要な部署であり、表の顔といえるだろう。

が、当然ながら広告代理店とて一つの企業。

表があれば裏の仕事、すなわち総務・人事関連の部署も存在している。
特に私が2年前まで在籍していた大手広告代理店ともなると、働く社員も100人、200人ではきかない。

中には会社に不利益をもたらす不良社員もおり、企業としては常時、不正に目を光らせていなければならない。私が入社以来一貫して在籍してきた総務人事室

中でも退職までの3年間携わった業務担当は社内外のトラブルや事故の処理、総会屋の対応などの仕事を担うセクションである。

いわゆる社内犯罪と呼ばれるものの対応(調査・処理)も担当の範疇に入り、自分で担当した案件だけでも軽く20件に上る。
ただ、ひとくちに『社内犯罪』と言っても、交通費を水増し請求するといったかわいいものから、数千万単位の金を横領して新聞沙汰になる事件まで、内容は種々様々だ。
当然、その犯罪行為の大きさや性質で会社の対応も変わり、先の例で言えば、交通費の水増し請求なら非公式な「注意」で、一般的横領額が数千万にもなれば、刑事告訴も十分ありうるだろう。
ところで、社員の不祥事に対し会社が行う対応には、刑事告訴という手段を取る。
無論、事件が社外で発覚したら、会社の意志にかかわらず逮捕、起訴されることはいうまでもないが、とかく企業というものは表沙汰になるのを避けたがる。できれば、懲戒処分など社内の処理で済ませたいのが本音だ。私が業務担当に就いていた3年間で、懲戒解雇処分になった例を紹介しよう。


営業企画課にいた斉藤の犯罪だ。
営業企画課では、販促用に大量にDMを発送したり、
記念品としてテレカを扱っていた。そこで斉藤はDMの発送数やテレカの数を水増し申告した上、現物をパクリ売りさばいていたのだ。
もっともこうしたケースは、上司が部下の仕事をチエックしていれば防止可能なはず。しかし、現実にはなかなかそれができない。
実は私がいた会社では、管理職対象の研修で《社内の不正を見抜くポイント》
というレクチャーを実施し、横領やマルチ商法の勧誘などの行為を早めに発見・対処するため、伝票を承認する際のポイントや、部下の生活が急に派手になっていないかなどの気配り等をレクチャーしていたのだが、結果的に何の成果も上げていなかったことになる。
では、この犯罪はなぜ発覚したか。きっかけは税務署からかかってきた1本の電話だった。
「おたくの社員で斉誌さんっていらっしゃいますよね。実は斉藤さんがAという金券ショップで大量に切手とテレフォンカードを売られているようなんですが、どういう状況かおわかりでしょうか」
どうやら、金券ショップAに税務調査が入り、仕入先を調べる過程で斉藤が目に止まったものと思われる。
斉藤がどんな犯行を働いたのか、おおよその察しは付く。が、だからといって、すぐに本人を問いつめるようなことはしない。まずは事実関係の掌握が先決だ。会社が事実を掴んでいるとわかれば本人はすぐに観念するものだ。
この事実関係の調査が私の担当だった。さっそく経理から関連資料を取り寄せた上、斉藤の上司の営業企画課長から話を聞いた。
「う-ん…。本当にうちの斉藤なの?信じられないなあ。そんな様子は全然なかったんだけど」
課長は明らかに動揺していた。部下の不正が明らかになれば、己の監督責任を問われると恐れているのだろう。
「ふだん、彼の業務をどうチェックし承認してたんですか」
説明を求めても、課長の答は「きちんとやってたつもりなんだけどなあ」と自己弁護に終始するのみ。

将があかないと見た私は、リスト業者やDM業者などから、実際に送ったDMや記念品の数を割り出し、斉藤が申告した切手代、テレカ代との差額を細かくチェックしていった。
1年ほど前は4,5万程度の差額だったものが徐々に大胆になっていき、トータルすれば、不正額は300万を超えている。実に悪質な犯罪だ。総務人事室長が斉藤を呼び出し、いよいよ取り調べが始まる。
「おっかしいなぁ、伝票の処理を間違えたのかなあ」
予想どおり斉藤はすっとぼけた。

が、私に資料を突きつけられたら一溜まりもない。

「すいません、本当にすいません」と、泣きそうな顔で頭を下げた。

聞けば、手にした金はキヤバクラや風俗での遊興費に消えたらしい。

預金通帳も持ってこさせたが、残高はない。まったくフザけた男である。
しかし、斉藤もさることながら今回の件で一番問題なのは、我が社がスポンサーに対して、水増しした額を請求していたことだ。むろんこの時点でスポンサーには知られていないが、このまま放っておくわけにもいかない。
結局、スポンサーに対しては、こちらの処理ミスで多く請求してしまったため返金する旨を説明、営業企画課長が頭を下げて各社を回った。
斉藤は当月末で懲戒解雇となった。社内預金全額を賠償に充て、残りは退職後に分割返済するよう念書も取った。
また上司の営業企画課長は監督責任を問われ、減給処分。単なる社内不正ではなく、お客さんに迷惑をかけたことが厳しい処分の理由である。
ちなみに広告代理店には、接待用のタクシーチケットを私用で使ったり、人気タレントのノベルティー等を
(広告代理店なので、女性タレントの等身大パネルなどゴロゴロ転がっている)
ネットで売りさばき小遣いを稼ぐ輩は少なくない。もっともこの程度なら、発覚したところで上司に注意されるぐらいで済むが、味をしめたら最後だ。

 

私が業務担当をしている間に懲戒解雇になった3人目の人物、それが制作部チーフの山下(仮名)である。彼が行った不正は、外部スタッフ(コピーライター、デザイナー)
と共謀し、ギャラを水増し、もしくは架空の仕事をさせ、浮いた金を折半するというものだ。
話は、会社と長い取引のあるデザイナーの伊藤から山下に持ちかけられたらしい。外部スタッフといえどもベテランとなれば、若手にとっては上司以上に影響力がある。山下も新人時代から伊藤には大きな世話になったようで、誘いを断りきれなかったようだ。
ちょっと苦しいから、10万上乗せしとくな、5万すつ折半ということで…」
こんな感じで伊藤と山下の不正は日常的に行われていたのだが、しだいに山下は味をしめ、自ら若手のコピーライター、デザイナーに不正を持ちかけていく。
彼らにしてみればバックマージンのようなもので、罪の意識は皆無。

山下は伊藤を含め4名の外部スタッフと不正を続けていった。
事が発覚したのは、景気がいっそう厳しくなる中、社内で制作費見直し、チェック強化が進んだ結果である。何も考えずに悪事に手を染めていた山下には、寝耳に水だったに違いない。
最初はトボけていた山下も、協力者のコピーライターが他の制作部スタッフにぺラペラしゃべっていたことから言い逃れできなくなった。恐らく2年、3年前から不正が行われていたものと思われる。
ただ、当事者が正規の料金だと突っぱねれば、証拠がない分それ以上追及できない。結局、最近のいくつかの案件以外は不問になりはしたが、それでも白状しただけで100万円近くを不正に請求させ、約50万が山下の懐に入っていた。
実際は、その5倍以上になるに違いない。
山下は懲戒解雇の上、50万を会社に返金。伊藤ら外部スタッフには返金を求めなかったが、当然ながら取引停止となった。

内々で処理した細かい不正はもっと多い。目標達成の報奨金欲しさに架空受注し、報奨金を手にした後に受注をキャンセル扱いにする営業マン。オフィスなどに設置する自動
販売機の販売手数料を自分の口座に入金させていた総務スタッフ。役員クラスの大規模な歓送迎会を仕切り、集めた会費とかかった経費の差額を着服した秘書担当。
不正と言えるかわからないが、部下の女性に次々とセクハラまがいの行為をくりかえし、自主退職に追い込まれた営業部長等々、例を上げればキリがない。
勤務している社員も気つかない間に様々な不正が行われ、そのうちほんの一部が発覚し、大半が誰も知らないうちに処理されていくのが実態なのだ。
最後に。私は2年前に会社を辞めたが、不正行為による解雇ではなく、家業を継ぐための円満退社だったことを付け加えておく。