「もっと若いのないの?」
こんな客はハナから相手にしない。何度かセーラー服ものなどを買った客にだけ、「実はこ
ういうのもあるよ」とこっそりカタログを見せる。
万全、ではないにせよ、できることはこれぐらいしかない。
現に、この程度の対策でも問題は特別起きなかった。
秋までは、9月、周辺が騒がしくなってきた。いや、騒がしいところの話ではない。ほぼ毎日のように、歌舞伎町のDVD屋が次々と摘発されていった。
「で、とりあえず名義だけは他の人に移してもらったんですよ」
要望は聞き入れられ、社長がソッチ系の人たちの紹介で手配した多重債務者が店の名義人となった
後に逮捕され取調べを受けた際、「名義人は誰なんだ」と尋間された山田だったが、本当に名前も素性も知らないため、返答に困ったという
9月末のある日、社長からの電話により、他店の摘発情報が12時、4時、6時、8時の合計4回も入ってきた
ー日に4軒がツブされるとは前代未聞である。
しかもこれまでは日中の摘発ばかりだったのが、夜間にまで広がっている
徹底的に壊滅させるつもりのようだ。
「さすがにヤハイと思って、辞めさせてくれって社長に言ったんだけど、次の人間がいないから駄目だって」
あわててタ刊紙に広告を出してもらい、面接を受け持った。
やってきた男たちは、漫画喫茶に寝泊りする30才・窃盗での逮捕歴あり・傷害罪で3回逮捕
ただでさえトぶ(逃げる)人問の多い業界、このラインナッフではとても辞められない。
10月半ば、午後8時すぎ。
常連客1人が店内を物色中に、2人連れの男たちが、立て続けに3組入ってきた。
「おかしな雰囲気はあったんですよ・野暮つたい服なのがいかにも私服(刑事)っぽいし、年齢的にも友人同士には見えないし」
とはいえ、この段階であたふたする必要はない。今までどおり、彼らには表を掴ませるか、あるいは品切れを理由に売らなければいいだけのことだ。
店内は、カウンターの山田と、客7人。まだ動きはない。
そこに、また新たな客が入ってきた。男は5分ほど壁を眺めて作品をチヨイスすると、番号
を記したメモを山田に手渡した。
刑事が紛れている確信はない。
いや、仮にいたとしても、他の客に売るぶんには問題ないはずだ。
数分後、ハコビが持ってきたDVD8枚を袋に詰め、客に手渡す。その直後だった。
「いま、何売ったの?」
スーツの1人が問うてくる。
「え、DVDだけど」
「違法のやつなんじゃないの」
「違いますよ」
「じゃあちょっと協力してもらえるか」
ブタを開ければ、6人共に私服刑事だった。彼らは警察手帳をかざし、先ほどの客から紙袋
を取り上げた。
まもなくテレビとDVD再生機が運び込まれ、たった今売ったばかりの作品が再生される。もはや逃げ場はない。
「は-い、今日は閉店ね・帰った帰った」
刑事が客を帰した後、山田の両手に手錠がかけられた。現行犯逮捕だ。
「こんな方法は聞いてなかったから、びっくりしましたね。もう笑うしかないですよ・いつか
ら内偵入ってたんだろうなあ」
ちなみにこの摘発は、新宿からはるか離れた墨田区内の署によって行われている。
都のなりふり構わぬ力の入れようがわかろう。
ひと通り歌舞伎町を歩き終えてわかったことは2つ。1つはもはやこの町には有名ラーメン
店ぐらいしか自分が関与できる場所はないということ
1つはそのラーメン屋に立ち寄るのも億劫なほど、どこもかも狼雑な活気を失いつつあることだ。
「出てきてから特別報酬はなかったの?ごくろうさんって」
「もらいましたよ、ドサつと・金額はボカしてほしいんですけど、たぶん同じ歳のサラリーマンの年収くらいかな」
魂を売った値段としては結構イイほうなんじゃないかと驚いてしまう私もまた、どこかの
感覚が狂い始めているんだろうか。
「もう、歌舞伎町ってあんまり来ないつすか」
「ええ、用事がないですもんね。でもやっぱ歩くとなんかピリピリしますね。つい、不審なヤシを探してしまうし」
どこにでもありそうで、でもやはり特異な人生の一時期を過ごした彼は、明日の朝もまた8時から始まる現在の真っ当な仕事のために、新宿駅へと去っていった。
1人になった私は、その足で渋谷へ。なるほど井の頭線の近くで数軒が堂々と店を開いている。
「これ、最近入ったの?」
「ええ、人気ありますよ」
「これは?」
「ええ、オススメですね」
購入5本中4本ハズレ・ため息すら出なかった。