帰ると、下駄箱の上に見慣れない水槽が置かれていた。青々とした藻の下に、黄金色の小魚が2匹。なんや、これ。メダ力やないか。
「バ力にしたらあかんよお」
コートを脱ぎ、ネクタイを緩めるオレに、パジャマ姿の女房が語りかける
「宇宙メダ力やねん」
「宇宙メダ力?お前、アホちゃうか」
「アホはアンタの方や。向井千秋さんを知らんのか」
平成5年。日本人女性初のスペースシャトル乗務として宇宙に旅立った彼女は、真空でメダ力の孵化実験に成功。日本に持ち帰ってきたが、そのときの子孫が今も元気に泳いでいるという。
「そんなもんがなんでここにあんねんっ」
「今朝、軽トラに乗った人が団地に売りに来てん」
妻はそれをオスメス2匹セツトで1500円で買ったという。まったく、どこまでアホなんじゃい。にしても、今の業者は色々考えよるのお。ワシらの時代は力ラーヒョコが限界。詐欺もいよいよ宇宙時代の到来ってか。
ノンキに構えていたら、3日後の日曜日、団地の入口に水槽を積んだ軽トラが現れた。「スペースシャトルで生まれたメダカの兄弟が、セットで500円」
力ラーコビーを使った小粋なボスターの脇一には、本物の宇宙メダ力のパーンフレットが。ひとつ、からかったるか。
「兄ちゃん、これ、ホンマに宇宙メダ力なん?」
「ええ、そうですよ」
シレッと答える兄ちゃん。オレとは視線も合わせず、携帯をピコピコ…。
「宇宙では何匹ぐらい孵化させたんかなあ」
「・・クレームでっか」
「数少ないメダカでオスメスかけ合わせたら、近親相姦になってまうやん。奇形とか生まれてきいひんのっ」
「宇宙の子やから平気なんちーゃいますか」
「ふーん。宇宙の子ねえー」一
★水槽の中では、丸々太ったメダ力が数十匹、右へ左へ軽やかに泳いでいる。出身は、兵庫か奈良の農村か。関西在住のみなさん、新手の詐欺にこ注意を。