泥棒・詐欺師犯罪例から考える防犯対策

実際にあった泥棒や詐欺のリアルな手口を犯罪者側の目線で物語風にご紹介。犯罪から身を守る手法を身につける参考にお役立てください。

公務員試験のカンニング盗撮で逮捕された体験談

もう4年も前の春のことになる。
大学生だった僕のアパートに1本の電話がかかってきた。
「バイトしてくれる人探してるんだけど」
会ったことは一度もないのだが、声の主の女性はサークルのOGらしい。
クラブやサークルに所属している大学生は、OBやOGからアルバイトを頼まれることがしばしばある。今回もそのクチのようだ。
「どんなバイトつすか」
この手の紹介バイトは、職場の小間使いがほとんどで、わりとラクで金になることが多い・スケジュールさえ空けば、喜んで引き受けたいところだ。

が、そのとき彼女が口にした内容は、いつぷう変わっていた。公務員試験を受験し、出題された問題を要約してこっそり書き写してきてくれというのだ。
「問題をですか?」
「そう、問題が欲しいの」
いわばカンニングの逆の行為ということか。なぜそんなことが金になるんだろう・疑問に対し、先輩は説明する。

大学入試などと違い、公務員試験は試験終了後も問題内容が公にされていない。

当然、持ち帰りも禁止だ。 つまりどんな出題がなされたかは、 受験生本人にしかわからない仕組み になっている。

秘密主義の意図はよくわからないが、 いずれにせよこのことによって迷惑を被るのは次年度以降の受験生である。

過去の問題がわからないため、対策の立てようがないのだ。 ところがだ。

実際には、公務員予備校に行けば、過去間の教材は腐る ほどある。何故か?彼らはどうや って入手したのか?

もうわかるだろう。そう、先輩の 会社は都内のとある予備校の依頼を受け、何人ものバイトを使って写し取った問題を売却しているので ある。

「どう、やってくんない?」 バイト代は、ー試験につき基本給がー万2千円。それにプラスしてージャンル(大間1つ)書き写すごとに 千円が支給されるという。 

どことなく犯罪チックな匂いもするが、肉体労働に比べれば楽勝だろう。

後日僕は、ファミレスで先輩と対
面し、住所、氏名など、受験に必要な情報を紙に害いて渡した。実際の受
験生を装うために、正規の申請が必
要なのだ。ひと月ほど後、受験票がアパートに届けられた。本番は次の日曜日、舞台は東大駒場キャンパスだ。

東大…まさかこの僕が東大で試験 を受ける日が来ようとは。

当日、小さなメモ用紙を胸ポケッ トに忍ばせ、意気揚々と駒場へ。

受験資格が「校卒業」のせいか、キャンパスにはやたら若い受験生が多い。みんな慣れないスーツなんか着ちゃって 七五三かよ。

ただー人アロハシャツの 僕はどこか浮いて見えるが、まさか 真の目的まではわかるまい。 会場は中規模の教室で、一部屋に 受験生は70人程度か。長机の両端に ー人ずつ着席する形だ。もちろん、 席は受験番号順に定められている。

静かに着席し、周リの様子を伺う。 本当にバレないだろうな。左は通路 だからマークしなくていいとして、間 題は右隣の女のコと、後ろの男だ。ど ちらも参考書を開いて硬い表情をし ている。ここまで来てジタバタしてる ぐらいなら、他人のことにまで気は 回らんか。よしよし。

「では今から問題を配ります」

オッサン試験官2人が教室を回り ながら、ー冊ずつ問題、解答用紙を配 っていく。全部で数十ページ、解答は すべて選択式のようだ。

「それでは始めてください」 受験生がいっせいに問題を開き、独 特の緊張した空気が流れる。最初は 様子を見るため、一応考えるフリでも しておくか。
問1教育に関する次の記述のうち、妥当なものは…。
なんじやこの問題は。知るか、そんなもん。
試験開始、そろそろ行っとくか。
僕は胸ポケットからメモを取り出した。
腐っても現役大学生、要約そのものはさほど難しくない。肝心なのはいかに試験官の目を逃れて書き写すかだ。
ただ、その試験官もそう頻繁にうろちょろするわけでなく、前に1人、後ろに1人が突っ立っているだけ・前かがみになって手元を隠しておけばOKだ。
手の動きが、他の受験生と異なる点についてはどうか・選択式のため本来は1〜5の数字を書くだけ。あまり手をカリカリ動かすのも不自然では?
いや、そんな細かいこと気にしてたってしょうがない・やるしかないんだから・僕は恐る恐る、メモを文字で埋めていった。大丈夫、これなら大丈夫だ。試験終了後、その足で先輩の元を訪ね、メモの束を手渡した。

「ごくろうさま」
約束の基本給に加え、大3問分の3千円が追加され、実入りは1万5千円。
「どう、もっとやってみる?」
「はい、やりますやります」
公務員試験と一口に言っても、その種類は様々で、国家I種〜Ⅲ種、地方上級、国立国会図書館などなど、分類されている。もちろん予備校としては、すべての問題を
集めたいわけで、そのため書き写し依頼も全種目に及ぶ。
初回の貢献が認められたのか、その後も僕は各試験を受験できること
になった・試験日の重なっているものもあるため、種以上のすべてを受
けることは無理だが、5月から9月にかけて、Ⅷ種程度の併願は可能だ。
申請手続きはすべて勝手にやってくれるため、僕はアパートに郵送さ
れた受験票を手に会場へ向かうだけ。
ほとんど毎日曜日、どこかの大学で開かれる各公務員試験に、潜り込んでは書き写し、潜り込んでは書き写す。
そしてこのバイトを続けるうちに、僕は重大な事実に気づいてしまう。予備校が求めているのは、僕の手書きの文字ではなく、あくまで問題内容だ。だったら何も書き写さなくても、問題用紙そのものを切り取ってしまえばいいんじゃないか?

力ッターの刃を筆箱の中にしまって会場に持ち込むぐらいはたやすい。 なにより、せこせこペンを走らせるより、 スーッと刃を引くほうがよっぽどバレ にくそうだ。

問題の持ち帰りが厳禁である以上、 試験終了後は冊子、こと返却しなけ ればならない。後で中をめくられれ ば一発でバレるが、名前は書かないの だから誰がどの問題用紙を使ってい たかなどわかりっこないだろう。 
音はしない。よし、この調子だ。に
しても定規を使わないでまっすぐ切
るのは難しいもんだ。慎重に、慎重に。
わずか数十センチ刃を動かすのに
5分はかかったか、なんとか1枚だけ切れ離せた・後はこれをどうしまい
こむかだ・胸ポケットに入れるにも、
折りたたまなければどうにもならない。折りたたむ.

その動きは少し目立たないか?・しょうがない・行け。
パサッ・
黙ってるよ、何も言うな・お前は公務員になりたいんだろ。

この仕事で一番大事なのは事なかれ主義だってこと知ってるよな。
こうして1枚、もう1枚とメモ用
紙はポケットにしまいこまれた。全部
で3枚。緊張はしたが、書き写すよりはずいぶん楽だ。
「終了です。では用紙を回収します」
気のせいか、3枚欠けただけでもずいぶん薄くなったようだが、バレないだろうな。
試験官は鈍感だった。ただ無造作に手に取るだけだ。
このときも収入は1万5千円だった。
先輩によると、僕以外のバイトは以
前からこの方法を使っていたらしい。
だったら最初から教えてくださいよ・要約よりも切り取り・さらに、切
り取る予定ページの空きスペースに、
他ページの問題を要約しておけば、
より多くの問題を入手できる。回を
追うごとに、腕は磨かれていった。
遠征にも出かけた。自治体によっ
て出題傾向が異なる地方公務員試
験は、都内での受験でカバーできないからだ。
素晴らしい出来事が起きたのは、
出張先の広島でだった。会場で、僕の席順は後ろから2番目、|番後ろのヤ
シは欠席していた。後方のマークを注
意しなくていいのはラッキーだと喜
んでいたら、さらにとんでもないことが起きてしまう。
「それでは問題用紙を配ります」
試験官はそう言うと、冊子の束を
各列の一番前の者に渡し、前の席から
1部ずつ取っては後ろに回す、小学生
のテストみたいな配り方をしたのだ。
前から徐々に少なくなりながら回っ
てくる問題用紙。よもや…。
僕の手には2部の冊子が渡された。
後ろは欠席、誰もいない。
とっさの判断で、僕は余った一部を
縦折りにし、ジーンズの裾に挟み込んだ。
これで今日はもう何もしなくていい
じゃないか!
このときは特別ボーナスとして3万円が支給された。さすがに丸々一冊
持ち帰ったパターンは前代未聞だっ
たようだ。毎週のバイトに調子づいていた僕
だったが、終わりは突然のようにやってきた。
その日、9月の日曜日は、東京都職員の採用試験、舞台は早稲田大学だった。
元々、この試験は僕が受ける予定ではなかったのだが等直前になって突
然担当バイトがキャンセルしてしまい、
急きょ、代役受験を引き受けたのだ。
代役なんてことが可能なのか、受験票に貼ってある顔写真と別人だとバレたらどうする?疑問に思ったが、本人確認をするのは1限の試験の冒頭だけなので2限目から受ければ問題ないと説明され、それもそうかと納得したのである。
現に、何もトラブルは起きなかった。
いつものように切り取りを繰り返し、
バイト代を受け取って無事終了。臨
時収入に喜んでいたぐらいだ。
しかし、その日を境にパタリとバイ
ト依頼が途絶えた。
元々、こちらから連絡を取ること
はなかつたので、僕はすっかり試験期
間が過ぎたものと思い、また来年に
なったら手伝わせてもらおうとのん
びり考えていた。何が起きているか
など知りもせずに。
アパートに警察がやってきたのは10月に入ってからだった・僕に窃盗と建造物進入の容疑がかかっていると。
「なんですか?」
「試験を盗んだだる」
署での取り調べによれば、どうや
ら最後となった都採用試験での悪行
がバレてしまったらしい。窃盗はその
ままズバリ。建造物侵入は替え玉受
験のせいのようだ。本来、その場にいるはずのない人間がいた、ということだ
まったくそのとおり、認めるしかない。
しかし何故バレたのか・現場では何事もなかったはずなのに。
発端は、別の教室にいた同じくバ
イトの男だった。彼は小型のビデオカ
メラを使って問題を撮影していたの
だが、バッテリーを床に落としてしまい、
その音で試験官に気づかれてしまっ
たのだという。
ビデオ撮影とは上手く考えたも
のだ・そのアイデアは敬服に値する。
でもバッテリー落としちゃイカンだ
ろう。
当然、警察の手はバイトを仕切っ
ていた先輩たちに伸び、彼女とその
仲間は逮捕・僕のことは最後までか
ばってくれたらしいが、結局、カメラ
君と僕は書類送検されることとなっ
た(不起訴処分)・
後で聞くところによれば、どこの
公務員試験会場にも、他の予備校が
送り込んだバイトたちが大勢いたらしく、試験官たちも「どうせどこかから漏れるもの」として黙認していた部分があったようだ。これまで上手くいっていたのもそのおかげだったのだろう。
が、さすがにビデオで堂々と撮影
されれば東京都としてもメンツが立
たないと、今回の騒動に発展してし
まったのだそうだ。
本件の影響なのかどうか、昨年度
から公務員試験問題も種によっては
公開されるところが出てきたようだ。
今現在はこんなバイトも存在しな
いと思うと、ちょっと残念な気もする。
もし秘密主義が続いていたなら、カ
ワイイ後輩たちもいい小遣い稼ぎが
できただろうに。