泥棒・詐欺師犯罪例から考える防犯対策

実際にあった泥棒や詐欺のリアルな手口を犯罪者側の目線で物語風にご紹介。犯罪から身を守る手法を身につける参考にお役立てください。

犬を恐喝のエサに仕立てあげるワンちゃんの当たり屋

他人の車にワザと自分の車や身体をぶつけ、慰謝料として修理費や治療費を相手に請求する言わずとしれた《当たり屋》の恐喝手口である。
その道のプロならいざ知らず、こんなリスキーな犯罪、誰もマネしようとは考えない。当たりどころが悪けりや、骨折も免れないのだ。そんな危険を冒す覚悟などあるはずもない。
しかし、頭はひねりようである。要は「車」や「身体」の代わりになるモノを考えればいいのだ。自らを危険にさらさず恐喝のエサに仕立てあげられるモノ。
俺が思いついたソレは「犬」だった。

今年2月、勤めていたガソリンスタンドを辞めた。

いや、正確にはクビになったのだが、周りの人間には「店長とウマが合わなかったからヤメてやった」などと息巻いていた。ったく、負け犬の遠吠えとはこのことだ。
当然のごとく、収入はゼロ。親が大家のアパートに住んでいるので家賃はかからないが、こんな金欠状態が続けば、愛車も売らなきゃならないだろうし、彼女にも見放されちまう。
だからといって、借金はできない。サラ金や信販はすべてブラック、親からも散々借りまくってきたのだ。今さら、この俺に誰が金を貸してくれるってんだ。
やっぱり地道に働くしかないのだろう。近所のコンビニの店員にでもなるか。いや、そこだって雇ってくれるかどうかわからない。
とにかくこれまでの生活レベルを落とさずに済む。
普沢ほざいてることは自分でも十分承知だ。
が、親のアパートに寄生し続けてきた俺のようなパラサイト野郎にとっちゃ、食うや食わずの生活なんて死んでもゴメン。

何とか自分の手、金を作り出すのだ。
とりあえず求人誌から高給バイトをピックアップ、手当たりしだいに面接を受けてみた。結果はオール不採用。厳しいとは聞いていたが、想像以上だ。
だんだん憂諺な気分が体を支配し、こりやいよいよヤバイ仕事でも探すしかないかと考え始めたころ、ふと、前の職場を辞める直前、1人の常連客と交わした会話を思い出した。
「こないだ車庫入れしてたら、隣んちの犬にブ
ッけてケガさせちゃってさ・ま、近所づきあい
もあるから治療代を持っちゃったんだよ。でも
動物病院って高いんだな。3万かかっちゃった」

「ああそうですか、大変でしたねえ。最近は我
が子よりペットの方がカワイイ人もいますからねえ」

確か、そんな風なやり取りだった。ま、深く
考えるまでもない話である。車と犬が互いの不
意でブッかつてしまったこと、相手が知人であ
ること、たかがペットのケガとはいえリッパに
治療費が発生すること。状況からして、ブッけた方が金を払うというのは当然だろう。
しかし……。改めて思う。もし飼い主が治療費目当てで自分の犬をワザと車にブッけたとし
たら、どうなるんだろう。
いやいや、常識で考えればそんなバカなことがあるわけがない。どこの誰がかわいいワンちゃんをワザと痛めつけたりするんだ。それぐらいのことは、ペットのいない俺だってわかる。
しかし、そのワンちゃんが自分の飼い犬じゃ
なかったらどうだろう。自分の愛犬を傷つける
より格段にやりやすいのではないか…。

回りくどい話は止めよう。つまり、ここで俺が考えたのは、どこからか犬を誘拐し、さも自分の愛犬のように振る舞いながら、ワザと誰かの車にブッけたら、いい金になるんじゃないかということだ。
どこからそんな卑劣な発想が出てくるのか、我ながら呆れるし、実際、犬好きが聞けば卒倒する話でもあろう。

しかし、どうにも止まらなかった。もしかすると、稼げるかもしれない。頭の中は金のことでいっぱいだった。
夕暮れどき、俺は車で自宅から柏キロ離れた田舎町へと向かっていた。当たり役になってもらう犬を確保するためだ。
ヘタに野良犬に手を出してはこっちが咳みつかれてしまう。やはり狙うは飼い犬。種類的にはセントバーナードのような大物じゃなく、大人しそうな小型犬がいいだろう、と目星を付けていた
候補はすぐに見つかった。いかにもビンボーそうなポロ家の庭にゴロ寝していた痩せギスの雑種犬だ。首輪がないところからして、テキトーに扱われてるに違いない。
目を合わせてもワンワン吠える気配はない。
家族もまだ帰宅していないようだ。
俺はあらかじめ用意していたステーキ肉を手に、ヒュイと口笛を吹きながらヤシに近づいた。
「おうオマエ、最近ロクなモン食ってないだろ。差し入れ持ってきたぜ」
1人つぶやきながら肉を差し出す。と、コレ幸いとばかりにガッガッ食い出す犬。ガキのころから、犬猫をなつかせるのは得意なのだ。
いとも簡単に門の外へ連れ出し、自分の車に迎え入れる。さて、コイッにどうやって被害者を演じてもらうか。さすがの俺も死ぬ目には遭わせたくない。
そうだ《事故》直前に関節を外してしまおう。
ガキのころ野良犬をイジメていたからわかるの
だが、犬の関節は案外簡単に外せる。結果、当
然歩行がおかしくなるが、犬が人間と違うのは
さほど痛みを感じないところだ。これなら、自分の心も痛まないってもんだ。
段取りとしてはまず、駐車場に出入りする車
に犬と一緒に近づき、死角となる後方部のバン
パーをフン処理用のステッキでドンと小突く。
あとは「ナニすんだ、この野郎!」とさも負傷
したかのような犬を見せつけてやればいい。
そうだ、ここで犬の口元から血を吐かせれば
さらにインパクトが与えられるに違いない。卜マトケチャップを薄めたものを事故直前にすすらせておけば、それっぽく見えるだろう。
これで相手が「やつちまった」と思ってくれ
れば、こっちのもん。慰謝料十治療費で取れるんじゃなかろうか。翌日、俺は近所の大型スーパーマーケットに出向いた。ターゲットは言わずもがな、買い物に来る主婦連中。女は動物に弱い、と単純に考えた。

駐車場に車を止め、まずは犬の関節を外しにかかる。要領は足を捕まえ強く引っ張りやいい。
何十年ぶりに味わうグキグキ乳む独特の感触に手が震えるが、何のことはない。関節は簡単に外れた。犬は「キャイン」とひと鳴きしたものの、暴れる気配はない。ヨシヨシ。もうちよいの辛抱だからな
顔を上げた俺に、うつみ宮土理似の女が店の方へスタスタ歩いていく姿が見えた。まずはこのオバサンでやってみるか。
女の車はアウディ。いかにも金持ち風だが、
どこかズレた服装感覚といい、つんけんした物
腰といい、なにかこう自分を取り繕うことで生
きているような人間の匂いがする。ターゲットにするには持ってこいだ。
幸い、まだ午前中とあって店周辺の人影はま
ばらだ。よし、ここは女が出てくるまで待とう。
片方の手を犬の首輪に、もう一方にフン処理用のステッキを持ち、散歩するブリをしながら。ようやく女が車に戻ってきた。そして、アウディが駐車場を抜け、公道に出ようとするまさにその瞬間、「ドカッ!」明らかに何かがブッかつたような鈍い音がし
たと同時に俺の野太い怒声が飛んだ。
「おいっ、ドリー。大丈夫か!」
ドリーってのは思いつきじゃない。少年時代、
イジめた野良犬を勝手にそう呼んでいたのだ。
ならば、同じドリーにした方が、より情感こも
った演技ができるはずだ。
「しっかりしろ!ドリー」
果たして、俺以上にドリーのリアクションは、
演技賞モノだった。頼みもしないのにキャンキ
ャンと悲痛な声で吠えたてる。血糊のトマトに
混ぜておいた興奮剤が効いているのだろう。
青い顔で車から降りてきた女に俺は一気にまくし立てた。
「おいアンタ、自分のやったことことがわかっ
てんのか。これはリッパな事故だよな。アンタ、
今ひき逃げしようとしただろ。ほら、この足。
たぶん骨折してるよ。あれ?ドリー、コイッ
ロまで切ってやがる。ノドの奥から血が出てるじゃないか」
「すみません…全然気が付かなかったもので…ごめんなさい」
車にブッかりノドと口だけ負傷するなどあり
得ない話だが、相手にそれを判断する冷静さは
ない。女はただ呆然と立ち尽くし、平謝りを繰り返していた。
「まあ、こんなところじゃナンだから、場所変えて話そうじゃないの。

病院へは女房に連れていかせるから」

そう言って犬を車に置き去りにし、すぐ近くのファミレスへ。さて、ここかりがもう一つの山場だ。 と思いきや、なんと女は、口クに話もしないうち、治療費+慰謝料を払うと言い出した。

「10万くらいが相場だと思うんだけどいかがかしら。ホント、少なくて申し訳ないんですけど」

こちらが見込んだ10万円を先に言ってくるあ たり、この女、よほど早く手を打ちたいに違いない。

「ま、いいですよ。でも私もなんせピンボーなもんですから、治療費はスグにいただきたいんです」

「…わかりました。今、スーパーのキャッシュコーナーで下ろしてきますか」 こうして、俺は女からまんまと10万を受け取った。ちなみに、ドリーは関節を戻し、元の家 の近くでお役御免してやった。